映画

『 枯れ葉 』: アキ・カウリスマキ

アキ・カウリスマキ監督の最新作『枯れ葉』が興収1億円を突破し、日本上映で過去最大のヒット作となったとのニュースと、現在も多くの劇場でロングラン上映が続いている現象を目の当たりにしていると、我が耳を疑ったり、多少の戸惑いを隠しきれなかったり…

/ライカートのまなざし/ 『ファースト・カウ』&『ショーイング・アップ』 ケリー・ライカート

ケリー・ライカートの映画には、他者へのまなざしが丁重に注がれている印象をいつも受ける。現実の日常生活の中で、誰もが意識的にしろ無意識的にしろ様々な他者に視線を注いたり、一瞥したりするように、ライカートの映画の登場人物たちもストーリーに則っ…

『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』 シャンタル・アケルマン

ブリュッセルのアパートの部屋で、美貌を控えめに引き立てる上品さを感じさせる灰色のセーターをその都度に羽織ったり脱いたりする未亡人のジャンヌの姿に、『去年マリエンバートで』でココ・シャネルがデザインした衣装をまとった上流階級の貴婦人のきらび…

『バービー』:グレタ・ガーウィグ

ピンクと人工光に彩られたスタジオセットで繰り広げられるバービーランドと自然光に晒され、雑然としたビーチや街中で人間たちがうろつくリアルワールドの対極にある2つの世界のギャップが、『バービー』においてもっとも脳裏に焼きつけられた映画体験であ…

『彼について』(2018年/イギリス):テッド・エヴァンズ

「私は平安を与えよう 私が与える平安は世の平安とは異なるが、心を冷静であれ」 移動中の列車内でサラが座席に座っているショットに上記の神父の言葉の前半部分が被さり、その言葉の後半部分と同期する神父の説教に傾聴するロバートの父がいる教会の厳かな…

『リコリス・ピザ』 ポール・トーマス・アンダーソン

1970年代アメリカのとある一都市で繰り広げられる恋模様を描いた『リコリス・ピザ』には、エンターテインメントの枠に収まりきらない映画の醍醐味をまざまざと見せつけられる。ポール・トーマス・アンダーソンの非凡なセンス光る世界観(このように言ってし…

『ケイコ 目を澄ませて』 三宅唱

部屋の中でケイコが紙に何かを書いているシーンからこの映画は始まるのだが、日本語字幕では丁寧にもそのシーンに〈紙に書く音〉の文字が表示される。映画を観る時は補聴器を着けるのだが、ペンが走る小さな音には映画の流れに身を任せる状態ではほとんど拾…

『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』 ラドゥ・ジューデ

『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』を観る。日本公開版では、この長いタイトルに「監督〈自己検閲〉版」がおまけとして付くのだが、鑑賞前は画面のどこかしらに多少の修正が入るくらいだろうとの軽い認識を持っていたのだが、全く甘かった。そ…

『たぶん悪魔が』 ロベール・ブレッソン

ロベール・ブレッソンはプロの俳優をキャスティングせず素人を起用することが多いのはよく知られた話である。『たぶん悪魔が』に登場する若者たちも非職業俳優であり、その無表情な顔や自然体というよりはなかばぞんざいなふるまいが五月革命以後のパリの空…

『 LOVE LIFE 』深田晃司 【多少のネタバレあり注意】

『LOVE LIFE』の世界には場面設定や現代描写(社会状況、時代背景等)、そして俳優の演技や台詞のそこかしこに「本当らしさ」のディテールが生真面目なまでにばら撒かれている。だが、その「本当らしさ」は現象としてのリアリズムに届きそうで届かないような…

クリント・イーストウッド監督50周年記念作品 『クライ・マッチョ』

神楽坂の名画座・ギンレイホールにて『クライ・マッチョ』を観る。1970年代後半の時代設定から始まるこの映画の冒頭は、オーナーらしき人物が待機している、牧場か農園のようなところにあるぽつんとした建物に向かって、一台のトラクターが流麗なカメラワー…

『 Coda コーダ あいのうた 』

家族のなかでただ一人、耳の聞こえる娘・ルビーが音楽の道に進もうとすることに戸惑う耳の聞こえない父と母。コーダの娘をもつ両親の登場人物は、以前の昔に観た『ビヨンド・サイレンス』(1996年・ドイツ)のろう者本人が演じた両親の2人の姿とオーバーラ…

ケリー・ライカート監督特集 /『オールド・ジョイ』:早稲田松竹

早稲田松竹でケリー・ライカートの映画4本を立て続けに観る。4本とも掛け値なしに素晴らしかった。『リバー・オブ・グラス』(1994年)はデビュー長編というのもあるが、ライカートが評価されるきっかけになったと言われる長編2作目『オールド・ジョイ』…

映画の「内容」と「形式」について

前回のブログでも書いたことだが、最近は数十本の映画を短期間に集中して観ている。最近の映像媒体は始めから映画として創作するというよりも、動画として創作するという感覚のほうにウエイトがかかっているので、一概に「映画」と言い切れなくなっているよ…

映画表象としての手話とかなんとか

現在、訳あってろう者に関連する映画を立て続けに観ている。(「ろう映画」というカテゴリーを当てはめることはできるが、その該当範囲の広大さと定義のあいまいさがあり、一筋縄ではいかないところがある)。ろう者や難聴者が監督したのもあれば、聴者が監…

『ビーチ・バム − まじめに不真面目 −』 ハーモニー・コリン

ハーモニー・コリンの最新作『ビーチ・バム -まじめに不真面目-』を観る。『スプリング・ブレイカーズ』以来の7年ぶりの長編映画だが、パンデミックの最中に引っ提げてきたタイミングは、偶然でもなく必然でもなく、ただいつものように上映されることにい…

『 HHH:侯孝賢 』(1997)オリヴィエ・アサイヤス

『恋恋風塵』のワンシーンが映った時、思わず懐かしい感情が込み上げてきた。台湾の田舎に残る昔ながらの日本的風景というのではなく、古今東西の映画を観まくる若かりし頃の映画生活を始めるきっかけになったのが『恋恋風塵』だったという、昔の映画的記憶…

『新学期操行ゼロ』 ジャン・ヴィゴ

フランソワ・トリフォーのデビュー作『大人はわかってくれない』が世に出るきっかけとなった映画とも言われているのが、ジャン・ヴィゴの『新学期操行ゼロ』(1933年)である。無政府主義の活動家の父を持つジャン・ヴィゴはドキュメンタリー2本と劇映画2本…

『シチリアーノ 裏切りの美学』 マルコ・ベロッキオ

シチリアマフィア界の大物幹部やファミリーが勢ぞろいする夜の煌びやかなパーティ。表向きは穏やかな雰囲気を醸し出しているが、パーティを名目にしてマフィア組織の二大勢力の仲裁を試みるパレルモ派大物ブシェッタは会場の随所に不穏な空気を感じ取る。建…

『ある画家の数奇な運命』

ナチスの頽廃芸術展のシーンから始まる、本作はゲルハルト・リヒターの芸術人生をモチーフにしている。美術をかじっている者にとって、一画家の人生のターニングポイントと20世紀美術史の要点が入り組んだ見事な映画的構成に多少たじろいでしまう方も少なく…

『行き止まりの世界に生まれて』

家庭に居場所がない3人の若者がボードに乗ってロックフォードの寂れた街中を縦横無尽に駆け抜ける、流動性あふれる映像は3人のうちのひとりであるビンがスケーター仲間と一緒に走りながら撮っている。スケートボードが走り出す自由自在な空間が彼らの唯一…

『パブリック 図書館の奇跡』

壁一面ガラス張りの前で裸になって歌を歌い、突然パタリと倒れた男性の裸体は腹回りや脇下に多くの贅肉が付き、背中にタトゥーが彫られている。その人だけが持つ唯一無二の身体性が剥き出しになっている。場面転換時のインサートとして、レファレンスサービ…

『ジ・エンド』

ろう学校のあるクラスにて、4人のろう児がインタビューに受け答えすることからこの映画は始まる。4人のうち、アーロンだけが映画の最後までインタビューを受けることになり、アーロンの1987年から2046年までの人生に焦点が当てられている。過去から未来(…

『山の焚火』

《ネタバレご注意ください》 雄大な山々が連なるアルプス山脈を間近に眺めわたすことのできる山腹で人々から隔絶した生活を送る4人家族。最小単位の家族共同体のなかで耳の聞こえる両親と姉の3人が日常的に言葉を交わし合うなか、耳の聞こえない聾唖者の弟…

『フォードvsフェラーリ』

マット・デイモン演じる元レーサーでフォードから途方もない依頼を受けるカーデザイナー、キャロル・シェルビーがル・マン24時間耐久レースのレーサーとしてスカウトしたケン・マイルズは気性の激しい人物として描かれている。その一方、口を半開きにして間…

『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』

『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』を観る。個人的には、シャーリーズ・セロンをスクリーンでお目にかかるのは『ヤング≒アダルト』(2011)以来なのだが、誰もが認めざるをえない美女であるにもかかわらず、登場人物の役柄への万能ぶりが再び強烈…

女と男と女、と少年

『パリの恋人たち』を鑑賞する。東京国際映画祭(ワールド・フォーカス部門)にて上映された時の邦題タイトルは『ある誠実な男』だったらしいが、小っ恥ずかしいタイトルになっているのは、「パリ」と「恋人」の文字を組み合わせれば、ある一定の観客数を見…

『雪夫人絵図』

映画を観に映画館へ行くタイミングがなかなか取れない代わりというわけではないが、本棚の中に長らく埋もれていた未見のDVD、しかも世界のミゾグチ、溝口健二の「雪夫人絵図」(1950年)というインパクトで、観るのなら今しかないでしょ!のモードに入り、や…

『不良少女モニカ』

北欧が生んだ世界的巨匠、イングマール・べルイマン監督の1952年作品。89歳で亡くなったベイルマンは遺作にして最大の野心作である「サラバンド」を85歳で撮ったのだが、驚異的な頭脳、肉体をもった監督としか言いようが無い(70歳を過ぎてから1年に1作のペ…

『グッドナイト&グッドライク』

『グッドナイト&グッドライク』を観る。『オーシャンズ』シリーズ主演のジョージ・クルーニーは今まで僕にとっては、セレブ界のお気楽プレイボーイというイメージしか持てないでいたのだが、彼が自宅を抵当に入れて製作費を捻出し、この映画を撮った監督であ…