「ブッシュ」

うすら気味の悪い、苦虫を噛んだままいつまでたってもペッと吐き出せないような、何ともいいようのない映画だ。見るに耐えられない映画というのでもない、全世界を不幸に陥れた一番の張本人、前アメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュの非現実的ともいえるあまりにも歪んだ一個人の精神の生成がじっくりと淡々と語られていく、いや精神分析されていくそのストーリー進行が、実話とも寓話ともいえない浮遊感のある幻想を醸し出す、空恐ろしい映画とでも言えばよいだろうか。大儀なきイラク戦争新自由主義のごり押しなど平気な顔で世界を次々と破壊してきたブッシュ息子の、父との確執などの知られざる個人史の描写によって、人間ブッシュの肖像を劇的に仕上げてしまうオリバー・ストーン監督の図太い神経ぶりは何なんだろうか。単なる無神経なのか、それとも世界を外部から眺めるニヒリストなのか。「コマンダンテ」でカストロに接近したかと思えば、「ワールド・トレード・センター」でアメリカ的ナショナリズムを叙情的に描写したりと、右と左のあいだを彷徨ってきたストーンは、今回では自虐的な共和党支持者の格好をしてみせる。あんまり言いたくないが、その無節操ぶりがストーンの映画の魅力のひとつにならざるをえないのかもしれない。つまり、社会派という枠を突き抜けたストーン本人のもつ不可解さ、あるいはストーンの特異な思想が、現在の理不尽、不条理な世界をスクリーン上であまねく表象してきているのである。民主党共和党も大して差は変わらない(日本も同じだ)アメリカの国民がストーンそのものなのかもしれない。「ブッシュ」では、今までのストーンの映画にはあまり見られなかった画面の調子が漂っている。終始シャープなところがなく全体的に明るくぼやけた雰囲気だ。ブッシュのくだらない人生を柔らかい光が包むという画面構造を目の当たりにした観客は、ただただ空恐ろしさだけを感じるしかすべがなく、いずれは虚脱感に悩まされてしまうだろう。

単純明快な社会派監督であるマイケル・ムーアにも「ブッシュ」を撮らせてみれば面白いかもしれない。おそらく、リベラルまるだしの猛烈マシンガン描写によって明らかに正反対の映画世界になるだろう。それはそれでジャーナリスティックに接すればいいのだ。なにぜ、相手が史上最悪の人物なのだから。僕は、「くたばれ、ブッシュ!」と叫ばざずにはいられないのだ。