『エリザベス ペイトン:Still life 静|生』

原美術館で『エリザベス ペイトン:Still life 静|生』を観る。エリザベス・ペイトンは90年代半ばに起こった “新しい具象画” の中心的人物にもなったアメリカの女性画家である。抽象絵画ヘゲモニーを握っていた当時の美術界、主に絵画空間で存在感を失いつつあった具象画が、イズム運動ではなく自然発生的に新しい感覚によって復権してきた。それは映像文化の隆盛が極限の地点にまで近づいた現在にまでいたる過程のなかで、90年代の新進画家たちが映像の視覚的イメージの豊かさ、直接さを自身の等身大なものとして受け入れた結果、手わざをもって具象的イメージをキャンヴァスに再現するようになった。ペイトンも女性ならではの “憧れ” をもって、ミュージシャンや歴史上の人物、あるいは身近にいる親身な友人・知人や部屋にある物や花などを描いている。あまり大きくはないキャンバスのサイズのように、絵画の主題へのアプローチもプライベート空間を越えたりすることはない。“憧れ” である有名人や歴史上の人物をモチーフにする時でも、写真や画像を参考にする以上の大掛かりな痕跡は見あたらない。ペイトンは手にとどく範囲のなかで作品を制作する。控えめな制作方法ではあるが、半透明な絵具で描かれた伸びやかで迷いのない筆致は多岐にわたる主題の拡がりをシンプルに表現している。ペイトンの描く肖像画では、モチーフの人物の身体全体や背景は太い輪郭がスピーディに描かれているが、人物の顔は細かいタッチでパーツごとに注意深く描かれている。他者に向ける視線がまず顔から始まる人間の行動原理であり、ペイトンの対象に対するエモーションが筆の動きに直接繋がっている。ペイトンの人物画はタブローは全く違うが、なんとなくゴーギャンの絵画を匂わせるのは気のせいだろうか。肖像画に対して静物画はタッチや輪郭の調子が画面全体に統一されていて、絵画の平面性が前面に出されている。2階に展示してある《ルイ14世と廷臣たち 1673年》(2016)は過去の作品を模写した人物画であるが、ひとつの画面に密集している複数の人物や馬たちが同じタッチで描かれている。装飾性と時間性が交差するところに、ペイトンの歴史とイメージに対する様々な感覚(距離感、視覚、直感など)が軽やかに響き合っている。
http://www.art-it.asia/u/HaraMuseum/EfqidXFuato43SHDrU1Y/