パウル・クレー/おわらないアトリエ

入口の部屋には自画像作品が何点か展示されている。制作年は1919年であり、クレーが40歳のときである。僕も来年40歳になってしまう。自分を変えたいと思うばかりで空虚な生活のなかで空回りし続ける僕の眼前で、自画像のなかのクレーは己を淡々と見つめている。クレーの40歳は第一次世界大戦が終わり兵役を解かれた時期なのだが、世界情勢の激動に翻弄されながらも自宅に戻り、世間の喧噪とは無関係にクレー自身の小宇宙をリスタートしていく様相が目の前に浮かんでくるようである。写真パネルからもわかるようにクレーはアトリエに自作をびっしり並べていたが、自作の数々に囲まれながら過去の作品とじっくり向かいあって制作活動をしていたことがわかる。過去の余韻に浸っているようにも見えるが、クレーの多種多様な仕事ぶりからみるとそうではない。創造の源を過去の作品から拝借し、イマジネーションの拡大と破壊の起点にしていたと思われる。クレーの作品は抽象的かつ幾何学的な模様のイメージがほとんどなのだが、本展でクレーの制作過程をたどっていくと、なんとなく合点がいくような気がする。クレーは頭のなかで生成されてくるイメージだけを自由の対象にしているのではない。素材、支持体、行為(制作方法)、思索まで創造にかんするあらゆる全てを理性の束縛から解放していく過程のなかでは、具象的イメージよりも抽象的イメージのほうが自然発生的に湧き出てきたのではないかと思う。また、本展で紹介された1油彩転写、2切断・再構成、3切断・分離の3つのプロセスのように、クレーは支持体のイメージを絵画の中心におくのではなく絵画をとりかこむあらゆる可能性を試しつくすためには、抽象イメージのほうが都合がよかったようにも僕には思える。張ったキャンバスに絵具を塗って完成させる以外の方法を今まで少しも考えていなかった僕にとって、2「切って/回して/貼って」の切断・再構成の作品と3「切って/分けて/貼って」の切断・分離の作品は、とても新鮮に映り、最高度のバイブレーションをセットした目覚まし時計で起こされるくらいの目覚めをくらった。クレーによる創造的=破壊的行為。これからは絵画に対してもっとシンプルにつき合おうと思う。