「夜顔」

冒頭でオマージュを捧げているように、この映画はルイス・ブニュエル監督「昼顔」の38年後の続編という形をとっている。「昼顔」は、カトリーヌ・ドヌーヴ演じる人妻が、主人を愛するがゆえに、他の男性と寝ずにはいられなくなるという倒錯的愛情の為、昼間だけの娼婦となってしまうというストーリーなのだが、「夜顔」では、カトリーヌ・ドヌーヴの38年後をビュル・オジェが未亡人となった同一人物を演じることになる。「夜顔」の主人公であるミシェル・ピコリはその妻の夫の知人という立場なのだが、秘め事を全て知っている。そんな2人が優雅な雰囲気を醸し出す夜のパリで再会し、過去の衝撃的な出来事の真実を打ち明けることになるのだが、その繰り広げられる内密空間は、僕にとってはまるで遠い世界の出来事のようだ。どこからどこまでもブルジョワ的空間である。随所に出てくるパリの風景も息をのむような美しさがある一方、多人種多階層が生活しているはずなのに、ブルジョワのためだけにつくられた街であるかのように画面に映っている。幻惑的で美しいイメージのなかでブルジョワだけがもつ倒錯的感覚あるいは欲望が2人の老人の邂逅によって露呈される。ディナーの後、2人のホテルマンが後片付けをしながら、「あの方は変なお客様だ」と何回かつぶやくシーンが印象的だ。きっと、「夜顔」のマノエル・ド・オリヴェイラ監督は、そのホテルマンの言葉を自らに向けるように言わせているのだろう。この変な映画を撮ったオリヴェイラ監督も立派なブルジョワ階級の者なのだから。