ジェロニモの諦観

今、僕は脳震盪を起こして意識がまだもうろうとしている。ダグラス・サークにこてんぱんにやられたのだ。最後のとどめが凄まじかった。「悲しみは空の彼方に」である。人生は絶望しかないのに生きずにはいられない大いなる深遠さ。心の中ではずっと魂を揺さぶられ泣いていたのだが(実際うるうるしていた)、もし音楽が聞こえていれば僕の涙腺の堰が決壊し、周りと一緒に涙を延々と流していただろうと思う。「メロドラマとは音楽+ドラマのことである」とサーク本人が言っているのだから。でも、サークは随所で的確にオーバーラップを使って音楽と同じ力を映像で発揮しているのだから僕はもう言うことなし!眩暈がするほどくらくらしてくる!オーバーラップのみならず他の場面つなぎ、カット割など映像のもつ運動がこんなにも流麗に流されるのを見るのはなかなか無い経験だ。

悲しみは空の彼方に」は全てがシンプルなはずなのに、それぞれが深い。幸福な家の中と残酷な家の外、その内外を行き来するなか、親しい者同士の間でも絶望が忍び寄り、人間の心は揺らぐ。素晴らしい言動をする者も、どこかゆがんでいる面が現れる。むしろサークはそのような人間がもつアンビバレンスな面をさらりと描写し、そこに留まらず先に向かう。その潔い態度がたまらなくかっこいい。冒頭の海水浴場に群がる白人が多数を占める一般市民的な光景がラストシーンの黒人社会による壮大な葬儀シーンへと流れていくその2つの異なる世界の提示はどうにもならない現実の社会構造を見せてくれる。

生きることは欠落部分を背負うことであり、そこから逃れようとすることはできない。それをあるがままにとらえることが出来るならば、世界はさらに豊かで奥深いものに見えてくるのではないか。正しい生き方をみつけるのではなく、ひたすら可能な限り愚直というか真っ直ぐに生きてみる。時には他人を傷つけてしまう覚悟を伴いながら。そのようなことをサークから教えられたような気がする。個人的には「アパッチの怒り」がとても面白かった。白人とインディアンとの狭間でアパッチを正しい方向に導こうと懸命になるロック・ハドソン演じるタザの行動はますます訳がわからなくなり、ラストの理不尽なハッピーエンドに行き着く。人間の弱さがこれほど面白おかしく描かれている映画はない。しかもコメディではないのである。鉄砲を取引する場面で、白人に裏切られた時のジェロニモの茫然自失する立ち姿はとても印象的で忘れられない。あの暴君のジェロニモでさえ白人にはあっさりあきらめてしまうのだ。それは世界、人生の残酷さを深く知りすぎてしまった者の諦観した表情なのだと思う。今回見逃してしまった未見の4作品をぜひ来年でもスクリーンでも観さしてもらいたいものだ。PFFの方々は本当にお疲れ様でした。