ジョニー・トーの様式美

「冷たい雨に撃て、約束の銃弾を」。やけに長い邦題だな。原題は「Vengeance 復仇」、そのままでいいじゃん。でもこの映画を見れば、キザなタイトルをつけたがるのもわかるような気がする。それくらい詩情的イメージが終始画面の隅々まで行き渡っている。ジョニー・トーの映画では、裏の世界に生きる男達が形式的な画面のなかで男の美学とは何たるかを我々に見せてくれるのが定番といってもいいのだが、この映画では形式的な画面がさらに勢力を増し、それぞれの魂をもっているはずの登場人物が単なる風景の一コマの部分以上のものではなくなっている。もちろん、ジョニー・アリディの異郷的ふるまいや独特な顔造り、アンソニー・ウォンの香港的(?)な存在感、ラム・ジュのコミカルな言動など、それぞれの登場人物がもつ個々(キャラクター性)は画面にきっちりと映っているのだが、人間という形象の輪郭の中にある内面に接近してみると驚くほど何にもない。ジョニー・トーという模様の拡大された部分でしかない。形式的画面から様式美的画面へ昇華されていく、極めて完全無欠な光景のみがただただ現れる。不自然になろうが、かまわずにディテールを徹底的に省いてメタレベルに様式美だけを高めることに執着を見せるジョニー・トーの世界観は今時の3Dとは違うベクトルをもった映像美の可能性を見せてくれるが、僕は様式美の極点に至る寸前にとどまった前々作の「エレクション 黒社会」にみられた人間がもつ本能的な狂気や不気味さをもう一回見たいと思うのである。